2023年10月1日日曜日

プラスアルファ・コンサルティング

■どんな会社か
マーケティング領域や人材領域にあるビッグデータを「見える化」し、分析するツールをSaaSで提供する会社。現在の主な事業は「見える化エンジン事業」「カスタマーリングス事業」「タレントパレット事業」の3つ。それぞれの事業を簡単に見ていく。

<見える化エンジン事業> 2008年~
コールセンターやマーケティング部門に集まる顧客の声や、SNSやネット上での口コミを分析するツールを提供する。どのような情報を集め、どういう軸で分析するかといったコンサルティングやシステム構築、分析結果を商品開発に反映する業務フローの定着までを支援する。主な顧客は製造業になるが、金融業などのサービス業でも顧客の声をマーケティングに生かす取り組みが進んでおり、顧客の裾野は拡大している。SaaS型テキストマイニング市場では11年連続国内シェアトップ。

<カスタマーリングス事業> 2011年~
ネット通販などを行う小売り事業者向けにCRM(顧客関連管理)システムを提供する。顧客の属性、購入履歴、メール配信のクリック反応などのデータを統合して分析し、顧客に最適なタイミイングで最適な情報の提供、商品のレコメンドを行う。このシステムを使えば、マーケティング施策の精度向上や自動化を実現できる。

競合は多いが、「カスタマーリングス」には多様な条件設定により有望顧客をリアルタイムで抽出する機能があり、顧客に合わせたきめ細やかな施策を実施できるという強みがある。SaaS型CRM市場での国内シェアは3位。

<タレントパレット事業> 2016年~
社内に散らばったさまざまな社員情報を一元化して「見える化」し、それを分析するツールを提供する。これまでの人事では、人事に関するデータが、紙やExcelでバラバラに管理されていたため、データはほとんど活用されず、人事施策は経験や勘で行われていた。たとえば採用では、なんとなく「一緒に働きたい人」という漠然な基準で選び、入社後にミスマッチが発覚しても、それが次の採用に生かされることはほとんどなかった。

「タレントパレット」では社員の年齢、勤続期間、スキル、職務履歴、研修履歴、勤怠情報など、数値化して集計できる定量データと、適性検査結果、採用時のエントリーシート、選考時の面接官のメモ、キャリアデザインシート、評価面談、自己申告書、満足度調査、モチベーション調査、研修後のアンケートなど、数値化しにくい定性データを一元管理して「見える化」し、分析する。

このシステムを使えば、人材配置や育成、プロジェクトチームの編成、離職防止、採用効率化などのさまざまな人事施策を高度化できる。タレントマネジメント・システム市場での国内シェアは、従業員300人以上の中堅・大企業ではトップ。

「タレントパレット」と連動して、新卒学生をダイレクトリクルーティングする「キミスカ」事業も手がける。「タレントパレット」導入企業は自社で活躍しているハイパフォーマー人材と似た人を「キミスカ」でスカウトすることができる。少子化に伴う労働力不足で採用の難易度は高まっており、「キミスカ」事業も順調に成長している。


タレントパレット事業は現在の主力事業なので、この事業についてもう少し詳しくみていく。

<どのような経緯で「タレントパレット」は生まれたのか>
プラスアルファ・コンサルティング(以下PAC社)は2006年末に創業し、その後順調に成長していったが、社員が50~100人になったあたりから、個々の社員がどのように考え、どのようなモチベーションで働いているのかがわからなくなった。そして突然「他にやりたいことがある」と辞めていく人が増えてきた。優秀な社員の離職は大打撃になった。当時、このような悩みを解消するツールは見当たらず、そこで、これまで自社で培ってきたマーケティングの技術が人材管理の分野でも使えるのではないかと思い、「タレントパレット」が誕生した。

<CRM(顧客関連管理)の仕組みを人材管理システムに>
マーケティングの戦略は現在、ほぼすべてデータに基づいてアクションしているといっても過言ではない。マーケティングとはつまるところ「顧客をとことん知ること」になり、マーケティングではそのためにITなどを駆使して、顧客の属性、購買履歴、アクセスログ、購入理由などのデータを集めて統合し、それを多角的な視点で分析し、顧客を理解している。そしてそこで得た知見を元に優良顧客の育成や離反防止、商品開発や販売促進などの施策に役立てている。

顧客を理解し、顧客と最適な関係を築くプロセスは、社員を理解し、社員と最適な関係を築くプロセスと変わらないという発想から、この顧客管理の仕組みを人材管理の仕組みに転用したのが「タレントパレット」になる。「タレントパレット」でも「社員をとことん知る」ことを目的に、ITを駆使して社員の適正やスキル、職歴、評価、入社理由、キャリアプランなどのデータを集めて統合し、それを多角的な視点で分析し、社員を理解する。そしてそこで得た知見を元にハイパフォーマーの育成や、雇用・配置のミスマッチ防止、離職防止、採用強化、エンゲージメント強化などの施策に役立てている。

人材管理システムがCRMと異なるところは、分析される側の一般社員もシステムを使えるところ。例えば、現場のマネージャーはデータにアクセスして必要な社内人材を検索することができ、一般社員は自分の能力を客観的に捉えて自分のパフォーマンスを確認したり、足りないスキルを確認して能力を主体的に伸ばしていったりすることができる。

現在、市場に出ている人材管理システムは数多あるが、それらはほぼ全て「人事DX(人事業務の効率化)」に特化したものになる。人事DXのみならず、CRMの発想を取り入れたシステムは「タレントパレット」のみになる。そして現在注目が集まっているのは、このマーケティング思考を取り入れた人材管理システムになる。

■その他の強み
・コンサルティングが充実し、機能の進化が速い
PAC社はSaaS事業を営むソフトウェア企業ではあるが、社名からもわかるようにコンサルティング色が強い。ソフトウェアの機能開発の起点となるのがコンサルティング・チームで、このチームが顧客と話し合い、顧客のニーズを引き出してくる。

PAC社ではコンサルチーム→開発チーム→営業チームのサイクルを高速で回転させることによりソフトウェアを高速に進化させている。「タレントパレット」事業は開始からまだ6年半くらいしか経っていないが、「タレントパレット」には4300以上もの機能が標準搭載されている。

・PAC社でも「タレントパレット」を使っている
社員のパフォーマンスを最大化させる「タレントパレット」を自社でも使っているので、社員の生産性が高まりやすい。

社員のパフォーマンスを最大化させるとは、言い換えると、社員を会社に定着させ、活躍し続けてもらうことになる。PAC社の2022年の年間離職率は7.3%で、社員意識調査(会社ビジョン、社内雰囲気、福利厚生)のスコアは各項目で5点満点中4点以上になる。

「タレントパレット」は過去に行った人事施策を科学的に検証し、人事施策の高度化を促すシステムなので、今後もさらなる生産性の向上が見込める。

・マーケティングの知見が豊富
PAC社では創業来マーケティング・ツールの販売をしているので、マーケティングの知見が豊富。この知見を自社の商売にも活かすことができるので、商売が繁盛しやすくなる。

・データ分析やAIの知見も豊富
社長は学生時代からAIやデータ分析の研究をしており、その後も野村総研やPAC社でその分野の業務に携わっているので、AIやデータ分析に関する知見が豊富。この分野では新しいテクノロジーが次々に生まれているが、それらを柔軟・迅速に自社システムに取り入れていくことができる。

・システム統合の知見も豊富
大企業の基幹システムとタレントマネジメント・システムを統合する業務は難易度が高いが、社長と副社長は野村総研のSler(システム・インテグレーター)出身なので、複雑な案件にも対処できる。

・事業の早期黒字化が得意
一般にSaaS事業は先行投資の期間が長く、早期の黒字化は難しいとされるが、タレントパレット事業は立ち上げてからすぐに黒字化している。これはPAC社独自の”SaaSノウハウ基盤”に乗せているため。PAC社は創業来16年超、SaaS事業を行っているので、SaaS事業を黒字化させるためのノウハウが豊富にある。この”ノウハウ基盤”の上に新規のSaaS事業を乗せればすぐに黒字化させることができる。足元でも新たな事業が立ち上がりつつあるが、それらも”ノウハウ基盤”に乗せることで早期黒字化を実現できる可能性が高い。

社名に「プラスアルファ」とあるように、全社的にプラスアルファ(付加価値)を提供しようという企業文化も早期黒字化に貢献している。PAC社は「付加価値こそが会社の存在意義」と考えており、事業を考える際には差別化できないものではなく、チャレンジして付加価値の高い機能を作ろうという意識がある。


■業績など
2020年9月期 売上高47億円 営業利益14億円
2021年9月期 売上高61億円 営業利益21億円
2022年9月期 売上高79億円 営業利益26億円
2023年9月期(予) 売上高110億円 営業利益36億円
2024年9月期(ブログ予想) 売上高137億円 営業利益49億円
      (四季報予想)売上高139億円 営業利益48億円
      (SBI予想)売上高140億円 営業利益53億円

現在の売上・利益構成はタレントパレット事業が70%くらいで、他の2事業が各15%くらいずつになる。

自己資本比率は77%、有利子負債は0、現金61億円と財務状態は盤石。
配当性向は20%。

2021年7月にマザーズ上場し、2023年7月に東証プライムに移行。
上場の目的は資金調達ではなく、会社の知名度、信頼度を高めるため。


■成長ストーリー
「タレントパレット事業を軸に2030年に利益4~5倍」が基本シナリオ

成長戦略は大きく分けて2つ。既存事業の成長加速と、新規事業の立ち上げ。

まずは今一番の成長ドライバーであるタレントパレット事業が伸びる背景からみていく。主な背景は4つ。

1つ目は人手不足。日本では少子高齢化の影響などにより人手不足が深刻化している。人手不足は今後より深刻化していくと予想されており(5/6日経7/15ヴェリタス9/26日経)、限られた人材のパフォーマンスをいかに高めるかが課題となっている。

2つ目は労働生産性の低さ。これは1つ目の背景と通じるところもあるが、日本はもともと労働生産性が低い。国際的な労働生産性の統計を取り始めた1970年以降、日本はG7で50年超、最下位が続いている。労働生産性に影響する従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査でも2009年の調査開始以来、日本は世界最低ランク(5~7%)を維持している。日本の労働生産性やエンゲージメントが低いのは、メンバーシップ型(受け身型)の雇用形態や薄い転職市場、長時間労働などさまざまな要因があるが、雇用のミスマッチや人材の配置ミスも一因となっている。

3つ目は急速な環境の変化。新型コロナウイルスの発生やDX、生成AIなどの登場により、固定観念が次から次へと覆される状況が続いている。異業種や新興ベンチャーとのM&Aも活発で、業界の垣根もなくなりつつある。環境変化の速度は増しており、社会情勢の変化により事業転換を求められている企業も多い。

働く社員の意識も大きく変化している。今のシニア世代は与えられた仕事を淡々とこなし、受け身の姿勢が強いが、1980年代以降に生まれたミレニアム世代やZ世代は成長志向や社会貢献志向が強く、仕事に対して主体的に取り組む傾向がある。社員が志向するキャリアの中身も多様化している。このような変化の激しい環境では属人的な方法では精度の高い人事施策を行えなくなっている。

4つ目は人的資本経営の時代。これまで会社は社員を「コスト」として捉えてきたが、今は社員を利益や競争力の源泉となる「資本」として捉えはじめている。この変化の背景には企業価値の源泉の変化がある。

30年前まではモノが企業の競争力を生み出し、有形資産が物を言う時代だった。しかし今はあらゆる業態のサービス化が進んでおり、無形資産が物を言う時代になっている。モノそのものよりも、モノを通して得られる体験価値が重視さるようになっており、ソフトウェアや知的財産、ブランドなどの無形資産が企業の競争力を生み出している。そのような無形資産や付加価値を生み出しているのは人であり、人の能力こそが価値や競争力を生み出している。そのため、企業では人への投資が経営の最優先事項になりつつある。

このような背景によりタレントパレット事業には強い追い風が吹いている。

「タレントパレット」のターゲットは従業員100人以上の会社になるが、現在最も注力している領域は社員数が1000名以上の大企業になる。大企業ほど各社員の把握が難しくなるので「タレントパレット」の潜在力をフルに発揮しやすい。また人事で抱える悩みが多い会社を顧客にすれば、「タレントパレット」の機能改善の頻度が多くなり、それが「タレントパレット」の進化にもつながる。機能が強化されれば、中堅企業への導入も進みやすくなる。

顧客の開拓は、マス広告やWeb広告、展示会やウェブセミナーなどのイベント参加、インサイドセールスやアウトバウンドなどで行う。今年3月にはさくら情報システムと、5月には大塚商会と販売代理店の契約を結んでいる。

「タレントパレット」から周辺領域への事業展開も進めている。先ほど触れたダイレクトリクルーティング事業の「キミスカ」もその一つ。「キミスカ」事業では、民間企業への就職を希望する学生45万人のうち、3人に1人しかまだ「キミスカ」に登録していないので(2022年末)、新卒学生向けだけでも、あと3倍の成長余地がある。「キミスカ × タレントパレット」の仕組みは中途採用組にも応用できるので、長期で考えると大きく伸びる可能性がある。

「タレントパレット」は社員情報が全て集まるプラットフォームなので、採用だけでなく、研修、ヘルスケア、福利厚生などの周辺分野でも精度の高いデータ活用が期待できる。周辺領域への事業拡大ではM&Aや事業提携なども利用していく予定。

「見える化エンジン事業」や「カスタマーリングス事業」でもさらなる成長を目指す。「見える化エンジン」には今年4月、音声認識によりリアルタイムで会話を分析する機能が搭載された。10年くらい前にツイッターが流行ったときにテキストマイニングが盛り上がったように、会話分析も盛り上がる可能性がある。「カスタマーリングス事業」ではコロナ収束が追い風になる。足元では、既存顧客の利用拡大(プランアップ)も進んでおり、顧客単価の上昇も期待できる。

もう1つの成長戦略である新規事業の立ち上げについてみていく。

PAC社は創業来、5年おきぐらいに新規事業を立ち上げており、今後もこの流れを継続していく予定。新規事業でターゲットとしている領域は、「データ量が増えていて、まだその活用が進んでいないところ」になる。その領域のビッグデータを「見える化」して、意思決定や判断を支援するサービスを作っていく。

PAC社では毎年、社内コンペを開催しており、そこから現在2つの新規事業が立ち上がりつつある。1つは「セールス・スクエア事業」。この事業は営業支援系のSaaSで、人材が持つスキルや経験、適性、営業日報、実績、評価などのデータを一元化して「見える化」し、分析するツールを提供する。営業ではいまだに属人的な管理手法がまかり通っており、営業にまつわるデータが活用されていないことが多い。

たとえば、営業日報一つとっても、上司への報告が目的化していて、その内容が活用されることはまれ。営業日報には市場ニーズや顧客情報、潜在的な新規ニーズがたくさん詰まっている。顧客業界別に分析すれば、それぞれの業界におけるトレンドやテーマ、ポテンシャルなどを掴むこともできる。

営業人材を「見える化」すれば、商品知識やプレゼン、交渉、クロージングなどで誰がどのスキルに長けているのかがわかり、人材の組み合わせによって強い営業組織を実現できる。「セールス・スクエア」はすでに一部の企業でトライアルの導入が進んでいる。

もう1つの新規事業は「ヨリソル事業」。この事業では学生の情報を一元化して「見える化」し、分析するツールを提供する。いわば学生版の「タレントパレット」のようなもので、学校側は学生に対する理解を深め、個々の学生に合った育成、授業の評価・改善、就活支援、新しい学生の獲得、退学防止などの施策に役立てることができる。学生側も自分のスキルや履修科目、目標などを確認して、効率的に能力を伸ばしていくことができる。

このサービスはあらゆる学校がターゲットになるが、当面は「キミスカ」や「タレントパレット」との相乗効果が見込める大学が中心になる。「ヨリソル」もすでに一部の学校でトライアルの導入が進んでいる。

■市場規模はどのくらいあるか
カオナビの決算説明資料によると、タレントマネジメント・システム市場は約2000億円、人材データプラットフォーム関連市場は約8.4兆円になる。

ITR Market Viewによると、現在のタレントマネジメント・システムの市場規模は150億円くらいのようなので、この市場ではあと13倍くらいの成長余地がありそう。
*タレントマネジメント・システムを提供している会社の売上を合計すると250億円くらいはありそうなので、これで計算するとあと8倍くらいの成長余地になる。

「タレントパレット」のターゲット企業があとどのくらいあるかについても考えてみる。「タレントパレット」のメインターゲットは従業員1000人以上の大企業になるが、国内にそのような企業は約4000社ある。現在「タレントパレット」を導入している大企業は550~600社くらいであり、この市場でシェアを6割取ると仮定すると、あと4倍くらいの成長余地がある。

「タレントパレット」は従業員100~999人の中堅企業もターゲットになる。この規模の会社は国内に約5万8000社あり、この領域の開拓余地はまだまだありそう。

他の市場予測もざっと見ていく。

矢野経済研究所は、人材管理ライセンスの市場は2025年に2020年比で72%増の830億円になると予想している。2022/5/19日経産業

デロイトトーマツ ミック経済研究所は、HRTechクラウド市場は2022~2027年度まで年平均29.3%の成長率になり、2027年には2880億円の市場になると予想している。2023/3/6日経

調査会社ITRは、2021年度のタレントマネジメント・システム導入済み企業は13%で、今後3~5年は年20~30%成長すると予想している。参照:「ダイヤモンドZai 2023年1月号」

経済産業省が2020年頃に実施した調査では、適切な人材配置・獲得の具体策を実行できていない企業は8割近くになる。2023/2/14日経

パーソル研究所が2022年に実施した調査では、企業の役員層の「人的資本経営」に対する理解度は76%あるが、人材の関連情報をデータとして蓄積できている割合は38%に留まっている。2023/2/14日経

リクルートが2021年に実施した調査では、人的資本経営の課題として最も多かったのが、「従業員のスキル・能力の把握とデータ化」(55%)になる。2022/6/19日経産業


以上を総合すると、「タレントパレット」事業は今後4~5年は年20~30%程度の成長を続けられそう。

他の市場はどうか。

マーケティング市場は巨大(要調査)。ただレッドオーシャンになる。
ダイレクトリクルーティング市場も巨大だが、レッドオーシャン。
学生マネジメント市場はそこそこ大きそうだが、大学に限ると810校しかなく、今後減っていきそうなので(9/27日経)、30~50億円くらいの市場規模になりそう。ただブルーオーシャンになる。他事業との相乗効果も期待できる。
営業支援サービス市場は約170億円になる。競合は多いが「セールス・スクエア」には独自色がある。

■問題点
・「タレントパレット」に対応できない人事部が多そう
社員のパフォーマンスを最大化させるタレントマネジメント・システムは「タレントパレット」のみなので、大企業の選択肢は「タレントパレット」一択になりそうだが、実際はそうなっていない。一部の大企業は「カオナビ」や「HRBrain」を選択している。

この理由は、コストやUI/UX、用途、システムに対する理解の浅さ、なども考えられるが、一番の理由は人事部が「タレントパレット」に対応できない、というものになるのではないかと思う。

これまでの人事部の主な業務は社員データの管理だったが、「タレントパレット」を導入することにより、それが社員データの分析・活用に変わる。つまり、受け身の業務から攻めの業務に業務内容が180度変わる。

また「タレントパレット」は設定や活用の難易度が高いので、相当な学習量と経験が必要になる。「タレントパレット」導入後は腰掛けで人事部に所属することもできなくなる。つまり、人事部を専門職化するような組織改革が必要になる。

このような変化に対応できないために、簡易なタレントマネジメント・システムを選ぶところもありそう。人事部の責任者がITに弱かったり、保守的なタイプだったりしたら、なおさらその傾向は強まる。

将来的に人事部は「タレントパレット」適応型のような形に進化していくとは思うが、そうなるまではもう少し時間がかかりそう。

PAC社はその移行を早めるためにも、人事領域の「データサイエンティスト養成講座」みたいなものを開いていったほうがいいのかもしれない。

・UI(ユーザー・インターフェース)がいまいちな可能性がある
PAC社は「タレントパレット」について、「UIをシンプルにして、深く使いたいときに深い機能が現れるような作りにしている」「直感的にわかりやすく、ビジュアル的に時系列での変化や予兆を一目で把握できるようにしている」といっている。しかし、ITトレンドITreviewの口コミを見ると、「UIがいまいち」といった投稿が多い。その一部を紹介する。

「管理者側(人事側)のUIは改善傾向にあるが、普通の社員からはUIが使いづらいとの意見がある」
「メニューや項目名、UIが直感的にわかりにくい。独自の用語を使用しているので機能名だけではなんの機能かわからないものもある。そういった用語は一部変更できるが、変更できなものもある」
「検索機能も直感的に操作できない。検索したい社員が見つからないこともたまにある」
「このツールに限ったことではないが、シニア層が活用できないことが多い。年配の上司が使いこなせず苦労している」
「スマホのUIを改善してほしい。見づらく、使いにくい。現在、(タレントパレットを)使うときはPCで使用している」
「できたらスマホアプリを作ってほしい。社員への初期導入時にハードルになっている」
「管理者向けのマニュアルは充実しているが、社内のユーザー向けのマニュアルが手薄。社内ユーザー向けの、カスタム可能な、基本マニュアルが欲しい。社内ユーザーが導入の目的や意義を理解でき、日常使用にメリットを感じられるような説明がほしい」

「カオナビ」を導入した企業のコメントでもUIに触れているものが多い。
「こうしたツールは年配の社員でも無理なく使えるものでなければ利用する意味がない。カオナビはとにかく簡単でシンプルなので・・」
「従業員側の画面がシンプルで見やすい点が決め手となり、カオナビに決めました」
「最も重視したのは、人事総務部だけでなく、社員にも使いやすく、直感的に操作できるかという点」
*カオナビの決算資料参照

「カオナビ」を選んだ企業の真意は別なところにあるような気もするが、「タレントパレット」のUIに改善の余地があることは間違いなさそう。PAC社にはこのような問題を察知するコンサルタントがおり、口コミを「見える化」する技術があるので、問題をすでに把握していると思うが、改善のペースは遅いようにみえる。現時点ではこの点に関してやや不透明感がある。

・「タレントパレット」の違いが理解されていない
現在、タレントマネジメント・システムといえば「人事DX」というイメージが浸透している。それはタレントマネジメント・システムを比較するサイトを見ても明らかで、みな並列で表示されている。「タレントパレット」に高度な分析機能が搭載されていることは、あまり認知されていない可能性が高い。

2023年1月に出版された『科学的人事の実践と進化』(PAC社の経営陣が執筆)にも、「私たちの感覚では、人材活用を強化したいと考えている会社のおおよそ6割が人事DXをタレントマネジメントだと勘違いしている」とある。

タレントマネジメント・システムが世に出てからまだ7年くらいしかたっていないので、認知が浅いのは仕方のないことなのかもしれないが、株主からするともどかしさがある。タレントマネジメントがらみのニュースが増えてくれば状況は変わりそうだが、今はまだそのような気配はない。

日経新聞あたりが特集記事を組んでくれたら認知度は一気に高まりそうだが、日経新聞はカオナビの株主であり、「カオナビ」を導入しているので、その都合で記事を書いてくれない可能性もある。そんなことはないとは思うが、とにかく「タレントパレット」の特徴がちゃんと理解されるまではもう少しかかりそう。

ただ最近では「人的資本経営」のニュースフローが急増しているので、その流れでタレントパレットが紹介されることもありそう。少し期待したい。

9/2ヴェリタスで、人的資本理論の実証化研究会がスコアリングした「人的資本開示スコア」で、「タレントパレット」を導入しているエーザイが日経平均225銘柄中トップに立っていた。エーザイのCHRO(最高人事責任者)が「科学的人事」についてなにやら語っている記事もある(9/2ヴェリタス)。「科学的人事」の認知度は徐々に高まっていくのかもしれない。

・AIの「ブラックボックス」の問題
深層学習を利用したAIは、分析のプロセスがブラックボックス化されているので、回答に至った経緯を明確に提示できないことが多い。人事において「ブラックボックス」で採用や昇格を決められた場合、社員のモチベーションは下がりやすくなる。また根拠がわからない仕組みでは、なにか問題が起きたときに改善策を見つけられないという問題も生じる。

ただ「タレントパレット」にはこのような「ブラックボックス」はほぼ存在しない。深層学習を利用したAIも使うが、「タレントパレット」は人が科学的に分析できる仕組みにすることを重視して作られているので、この点は問題なさそう。今後チャットGPTのような「ブラックボックス」満載の生成AIも導入するとは思うが、それも人の判断をサポートする形での導入になりそう。

・事業は国内のみ
資産運用の観点でいうと、PAC社に投資すると円安に対処できないという問題がある。今後は円安が進んでいきそうなため、外貨換算で保有資産が目減りする可能性がある。

社長はマザーズ上場時のインタビューで海外展開の可能性に軽く触れてはいるが(2021/7/3日経)、現時点で海外展開の動きはない。海外には既に米ワークデイや米オートマチック・データ・プロセッシングなどが進出しているので(8/24日経9/7日経)、今から攻め入るのは難しそう。

ただ円安が進むといっても、すぐさま円が大暴落する可能性は低く、円の下落速度よりもPAC社の成長速度の方が早そうなので、この点はそこまで心配しなくてもよいのかもしれない。

・地合いが悪い
金利が高止まりしている今は株式を買うタイミングではない。いつ景気が後退し株式市場が暴落してもおかしくない。景気後退に陥れば「タレントパレット」の導入が減り、解約が増える可能性もある。

ただ、人事に関する投資は直近の業績で左右されるものではないので、受注はそれほど落ち込まなさそうでもある。システムが機能すれば解約されることもなさそう。PAC社の財務状態は盤石であり、指標的にも割高ではないため投げ売りされることもなさそう。この点もそれほど心配する必要はないのかもしれない。

・SaaS企業が売られている
日米でSaaS起業が売られている。要因はコロナ特需の反動減と景気減速、長期金利の高止まりあたりになりそう(9/14日経)。ただSaaS事業のビジネスモデル自体は堅いので現在の売りは一過性のものになりそう。

・もう1つ問題がある
ニュースになりそうな問題を1つ見つけた。ただこれはPAC社の経営や業績に関係ないものであり、余計な波風は立てたくないので、この点は伏せておくことにする。問題が表面化した場合は株価が乱高下しそうだが、その時はやり過ごそうと思う。


■利益成長を続けやすいビジネスモデルか ★★★★☆
・参入障壁は高いか。★★★★。「タレントパレット事業」の参入障壁は高い。他社がマーケティング思考を取り入れたタレントマネジメント・システムをこれから作ることはできるが、PAC社が現状のペースで開発サイクルを回している限りは追いつけなさそう。ただ米ワークデイあたりが日本市場に本格参入してきたら脅威になる。マーケティング事業の参入障壁はそれほど高くない。

・ストック型収益か。★★★★★。足元では収益の83%がストック型になる。全サービスの解約率は0.9%以下と低いので強固なストック型になる。ストック収益比率は上昇傾向にある。

・時流に乗っているか。★★★★★。人手不足の時代は人手不足を克服するソリューションはメガトレンドになる。人的資本経営の時代は「人」への投資はメガトレンドになる。データ駆動型経済ではビッグデータを「見える化」する事業はメガトレンドになる。


■チャート
<3年チャート> 全体的に見ると横ばい傾向になるが、2022年7月あたりから底値を徐々に切り上げている。そろそろ青天井モードに入りそう。


<日経平均株価とTOPIXのチャート> 日経平均株価は8月16日に三尊天井を形成したので(8/16日経)しばらく地合いは悪くなりそうだったが、そこからいったん切り返している。TOPIXにおいては新高値を突破して上昇トレンドを保っている。出来高も増えている。もしかすると地合いはそれほど悪化しないのかもしれない。
<日経平均株価の1年チャート>

<TOPIXの1年チャート>



■妥当な時価総額(株価)はどのくらいか
SaaS企業を評価する際によく使われる「40%ルール」で考えてみる。この指標は売上高成長率と営業利益率(もしくはキャッシュフロー・マージン)を足して40%に達したら優良企業というもの。PAC社は今期これが69%もあるので超優良企業になる。おそらく来期以降も60%程度の水準を維持できそう。

この指標で40%ある企業のPSR(時価総額を売上高で割った値)は10倍くらい、60%を超える場合は15倍くらいあることが多い。ただ、今は金利高により株式のバリュエーションが下がっているので、PSRはここから3倍くらい下げて考えた方がよさそう。加えて、PAC社の浮動株比率は21%から51%に上昇しているので、そこからさらに2倍くらい下げた方がよさそう(参照)。

PAC社の来期の売上高を137億円と仮定し、PSR10倍で計算すると、時価総額は1370億円(株価3300円)になる。来期の純利益を35.2億円と仮定するとPERは38.9倍になる。このくらいの水準が妥当ではないかと思う。

<当ブログが算出する来期の業績予想>
売上高137.4億円(前期比+25%)、営業利益49.2億円(+33%)、純利益35.2億円(+33%)
売上高の内訳は
タレントパレット事業 87.7億円(+33%)
見える化エンジン事業 19.8億円(+10%)
カスタマーリングス事業 17.6億円(+7%)
キミスカ事業 12.3億円(+30%)


■まとめ
地合い的に株価はしばらく厳しそうだが、PAC社のビジネスモデルは強いので、事業は順調に成長していけそう。ただ、見落としている問題や誤解しているところもまだありそうなので、楽観せずに、シビアな視点で観察していきたい。

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