2020年4月3日金曜日

エムスリー

■調べようと思ったきっかけ
今買えそうなのはここくらいしかなかったから。中小型株は地合いが悪く、大型株も景気後退懸念で厳しそうだと思った。医療関連の会社は景気後退期に入っても業績が堅調に推移しやすいのでよいと思った。

■どんな会社か
医療系のプラットフォームを手がける会社。医療従事者専門サイト「m3.com」には日本の医師の9割以上(28万人以上)が登録。海外にも事業展開しており、世界の医師の約半数(580万人)がエムスリーのサービスを利用している。事業カテゴリーは医療情報提供事業、臨床治験事業、転職支援事業、海外事業、新規事業の5つ。

2019年3月期の業績から、事業カテゴリー別の売上高を見ると
・医薬情報提供事業 410億円(前年比+20%)
・治験事業 220億円(+3%)
・転職支援事業 130億円(+26%)
・海外事業 250億円(+12%)
・新規事業 120億円(+84%)
になる。総売上高は1130億円で営業利益は300億円、営業利益率26%になる。

2020年3月期の業績予想は売上高1300億円(前年比+15%)、営業利益350億円(+13%)、営業利益率26%になる。第3四半期までの進捗は順調なので今期もやや超過して終わりそう。

■成長ストーリー
「医療分野をITで変革し最強のプラットフォーマーに」が基本シナリオ。

今後は世界の大部分で少子高齢化が進み、医療の高度化などによって財政に占める医療費の比率は高まっていく。持続可能な財政運営をしていくには医療費の削減が不可欠になる。エムスリーはITで医療の無駄を省き、質を高めていくことを基本戦略としている。

成長の柱は3つ。1つ目は既存事業の深堀になる。エムスリーの祖業は製薬会社のMR(医薬情報担当者)が担ってきた業務をネット上で代替する医薬情報提供事業になるが、この事業は日本市場においてあと4~5倍の成長余地がある。

医師が情報収集にかける時間は、学会・医学誌が全体の44%、ネットが39%、MRが17%になるが、製薬会社が医薬品のマーケティングにかけるコストはMRが全体の91%(1兆5000億円)、学会・医学誌が7%(1000億円)、ネットが2%(400億円)になる。エムスリーはMRからネットへの代替余地があと1600億円はあるとみている。

他の既存事業(治験事業や転職支援事業など)もネットとの相性がよいので、あと数倍の拡大余地がある。

2つ目が海外市場の開拓になる。海外市場は日本市場の10倍以上の規模があるので、長期で成長していくには海外市場の開拓が不可欠になる。エムスリーはM&Aを軸に現在10カ国(米国、欧州諸国、中国、インド、韓国)で事業を展開している。世界で2番目に大きい中国市場では医薬情報提供事業を行っており、中国人医師の3分の2以上(300万人以上)がサービスに登録している。中国は国土が広く、MRだけでカバーするのは大変なので、この事業の売上は年率40%超の勢いで伸びている。

3つ目が新規事業になる。エムスリーがこれまでターゲットにしてきた市場はマーケティング市場とR&D(研究開発)市場になるが、これらは医療市場全体(日本は40兆円)の約1割に過ぎない。今後は残り9割の市場を新規事業がカバーしていくことになる。
*IR資料には「日本の医療市場は2025年に54兆円に拡大」とある。

現在すでに稼働している事業は26あり、構想分も合わせると約50ある。エムスリーは海外10カ国に事業展開しているので、そこに50を掛け合わせると、500の事業ポテンシャルがあることになる。今は最短でスケールできる方法を考えながら事業を展開していっているという。

新規事業を3つほど紹介する。
・AIアルゴリズム診断事業、AIアルゴリズムプラットフォーム事業
エムスリーは画像診断などを行うAIアルゴリズムを開発(または出資)しており、そのプログラムは現在20以上ある。今期中にそれらの診断アルゴリズムをクラウド経由で使えるようにする予定で、それらを集めたプラットフォームも稼働する予定だという。なお、このプラットフォーム上では他社開発された診断アルゴリズムも使えるようになるという。

・クラウドカルテ事業
エムスリーは日本でクラウドカルテ事業を行っており、すでにトップシェア(1200万人)を抑えている。2019年にはフランスのトップシェア企業を買収。クラウドカルテ事業は治験事業や医薬情報提供事業との相乗効果も見込める。

・オンライン診療プラットフォーム事業
エムスリーは2019年12月にLINEと共同でオンライン健康相談サービスを開始。日本ではこれまで医師会の反発により保険適用のオンライン診療が認められてこなかったが、新型コロナを機に、特例でだが、認める方向になりつつある。この分野には競合がひしめいているが、エムスリーには日本のほぼすべての医師が登録しているので、覇権をとれる可能性がある。

決算説明資料には「成長ポテンシャルは10~20倍」と書かれているが、上記を考慮すると十分達成可能な目標に見える。

■問題点
・独禁法リスクがある?
エムスリーの市場占有率は高まりつつあるので、今後は独占禁止法に抵触するリスクがある。グーグルやフェイスブックは「イノベーションを妨げる」「競争排除的な買収や合併」などの理由でM&Aが承認されにくくなっているが、エムスリーも今後承認されにくくなる可能性がある。M&Aはエムスリーの成長ドライバーなので、もしこれができなくなれば成長力を大きくそがれることになる。ただエムスリーの市場占有率は事業ごと、国ごとにまちまちなので、今のところ法に抵触するリスクはそれほど高くはない。

・ローカライズが必用
医療制度は国によって異なるのでローカライズ(現地最適化)が必要になる。そのため、グーグルやフェイスブックのようにサービスを一気に世界中に普及させることはできない。

・海外では市場を独占していない
エムスリーは日本市場ではほぼすべての医師を囲い込んでいるが、海外市場でほぼすべての医師を囲い込めそうなのは中国と韓国くらいしかなさそう。プラットフォーム事業で最も重要なことは、市場を独占(または寡占)できるかどうかになるが、もしそれができない場合は、じり貧に陥っていく可能性が高くなる。エムスリーは米国で治験管理事業を行っているが、もし他に医師の大半を囲い込んでいるプラットフォームがあれば、今後はそちらに仕事を奪われる可能性が高くなる。

現時点では競合関係について不明なことが多いが、この点は中長期的に最も重要なので、今後調べていこうと思う。

・プロが売っている
2019年10月にJPモルガンと米Harding Loevnerが保有比率を5%以下に落としている。JPモルガンに至ってはその後、空売りまで始めている。これまでの経験上、米系投資会社がIT企業を分析する能力は非常に高いことがわかっているので、エムスリーのビジネスモデルには何か問題があるか、もしくは現在の株価(3250円)は割高である可能性が高い。
*両社が株式を売っていたのは株価が2500円以下の時になる。

・ホームページに社長の顔写真がない
レオスキャピタルの藤野英人氏は企業のホームページに社長や役員の顔写真のないのは「商売に対する覚悟がない」「なにか後ろ暗いところがある」と語っているが、エムスリーのホームページには社長の顔写真がない。ただ、この会社の事業を見る限りは健全そうなので、これはそれほど気にしなくてもよいのかなと思う。ちなみに米アルファベットのホームページにも社長の顔写真はない。

■利益成長を続けやすいビジネスモデルか ★★★★。
・参入障壁は高いか。★★★☆。国内はほぼ独占しているので参入障壁は非常に高い。しかし海外はまちまち。
・ストック型ビジネスか。★★★★。「医師がグーグルより使う」リピーターの多いプラットフォームなのでストック型。海外は不明。
・時流に乗っているか。★★★★★。ITによる変革(効率化)は今のトレンド。投資も積極的なので今後も時流に乗って行けそう。

■チャート
<10年チャート>緑の線がトレンドラインに見える。累積売買高的には1500円(時価総額1兆円)あたりが大底になりそう。

■まとめ
小型株のような爆発力はなさそうだが、長期の安定成長は期待できる。ただ海外の状況が不明なのでもうすこし調査が必用。

■後記
エムスリーは時価総額が2兆円を超える会社なので調べるのが大変そうだと思っていたが、いざ調べてみたら、これまで最も簡単に終わった。IR資料は必要最小限の言葉でわかるようにまとめてあり、いかにも「できるコンサル」という感じだった。
*エムスリーの社長はマッキンゼーの元パートナー。

エムスリーのホームページも非常にシンプルな作りになっている。情報過多の時代にはこれくらいが「正解」だと思うが、こういったセンスが各事業にも反映されていて、それで支持を得ている面もあるのかなと思った。

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